ある晩に夢の中に出てきた松下幸之助。その夢の中で、経営の神様より「原点に返り、正しいことを進めることですわ。」と諭された私は、「原点・本質とは何か?」を急がば回れの精神で勉強することにしました。
今回はその8回目です。取り上げるのはジャック・アタリ著『21世紀の歴史』(作品社より2008年8月に刊)です。
ーマンショックに端を発した世界同時景気後退は、100年に1度と言われました。しかし、私にはこの表現がどうもしっくりこなかったのです。たとえば、今までに経験したことのないようなゲリラ豪雨に襲われますが、いくつかの特異な気象条件がたまたま重なったきわめて稀な現象とみるべきなのか、それともそのようなことが起きやすい気象条件がそろってしまった結果なのか?…。その答えを知るためには、おそらく今の気象を、「過去と比較する」と「世界規模で比較する」という2つの軸で見る必要があるように思えます。リーマンショックという経済的な現象も同様の分析が必要なのでしょうが、とても私の手に負える問題ではないように思えました。そんなときに出会ったのが、この本でした。
ジャック・アタリ氏は、1943年アルジェリア生まれのフランス人で、1981年〜1990年にミッテラン政権において大統領特別補佐官を務め、2007年にはサルコジ大統領の指示で設置された「アタリ政策委員会」の委員長に就任し、フランスを変革するための提言をフランス政府に行なっています。まさに知の巨人とも言うべき人です。
今回は、その本の中から日本に関する彼の分析と彼が描く21世紀の世界の全体像をご紹介し、次回に印象深かった点をもう少し掘り下げてみたいと思います。なにしろ、歴史と地球規模という2つの軸により、今起きていることの本質とこれから起きることの姿を解き明かそうとした壮大な本ですので、ここで触れることができるのは、エッセンスのごく一部に過ぎません。同氏が語るさまざまなキーワード・用語を正しくお伝えすることはとてもできそうもありません。ぜひ直接本を手にとってお読みいただければと思います。
本は20世紀後半に世界の中心勢力になるチャンスがあり、さらに世界の「中心都市」となるチャンスさえあったが、日本はいまだに「中心都市となりえていない」として、その理由を3つあげています。
1.並はずれた技術的ダイナミズムを持ちながらも、既存の産業から生じる過剰利得、そして官僚周辺の利益を過剰に保護してきた。
2.海運業など海上におけるたぐいまれな覇権能力があるにもかかわらず、日本は海洋を掌握することができなかった。またアジアにおいて、平和的で信頼感にあふれた一体感のある友好的な関係をつくり出すことができなかった。
3.これまで十分なクリエーター階級を育成してこなかった(クリエーター階級については次回にもう少し詳しく触れます)。
例えば人口の高齢化など、「現在多くの危機が日本を脅かしているが、いまだに解決策を見出していない」と彼は断じています。
本は、アジアとの交差点、アメリカとの交差点、オセアニアとの交差点といったように、地理的な重要な拠点に位置しており、その3つの円が交わった部分をうまく組織できれば(3つの円を解体するのではなく、融合できれば)、日本は多大な潜在的成長力を持ちうるだろうと分析し、実現するための代表的な課題として以下の10項目をあげています。
1.東アジア地域に調和を重視した環境を作り出すこと。
2.日本国内に共同体意識を呼び起こすこと。
3.自由な独創性を育成すること。
4.巨大な港湾や金融市場を育成すること。
5.日本企業の収益性を大幅に改善すること。
6.労働市場の柔軟性をうながすこと。
7.人口の高齢化を補うために移民を受け入れること。
8.市民に対して新しい知識を公平に授けること。
9.未来のテクノロジーをさらに習得していくこと。
10.地政学的思考を構築すること。
状はシンプルである。つまり、市場の力が世界を覆っている、マネーの威力が強まったことは、個人主義が勝利した究極の証であり、これは近代史における激変の核心部分である。行きつく先は国家も含め、障害となるすべてのものに対してマネーで決着することになる…という現状分析を基に、この世界の唯一の法と化した市場は、地球規模の商業的な富の創造主である「超帝国」という状態を形成するとアタリ氏は予想しています。この超帝国状態では、極端な貧富の差や環境破壊を生み、すべての組織(軍隊や警察も含め)が民営化されていく方向に進むと分析しています。
人類がこうした狂気に捉われ、悲観的な未来にひるみ、暴力的にグローバル化を押しとどめようとすれば、国家、宗教、テロが対立しあう「超紛争」状態に陥るであろうと予想しています。
グローバル化を拒否するのではなく規制できるのであれば、市場を葬るのではなく市場の活動範囲を限定できれば、民主主義が具体性を持ちつつ地球規模に広がるものであれば、「超民主主義」への境地が開かれるであろうと述べています。
具体的には、アメリカによる世界支配は2035年以前に終わり、超帝国、超紛争、超民主主義といった3つの波が次々と押し寄せてきて、最初の2つは壊滅的な被害をもたらすものの、2060年ごろに超民主主義が勝利する…これがアタリ氏の描く21世紀の世界の全体像です。次回はもう少し具体的な現象について掘り下げてみたいと思います。